隔日記 0xAB/0x100
過ぎた時間は戻らないし、一度起こったことは起こる前には戻せない。
覆水盆に帰らずという。
なにもかもが、エントロピーの法則にしたがって、収拾がつかなくなっていくのであって、
部屋が散らかっていくのも、茶碗が割れて戻らないのも、すべてエントロピー増大の法則で説明できる。
でも、それは本当か?
この問いの解は、エントロピーと時間のどちらが先かという問題の解に依存する。
すなわち、一方向に流れる時間があるからエントロピーが生じるのか、
エントロピーが生じるから時間が過ぎるのか、どちらなのか。
たとえば、一秒前の宇宙全体のスナップショットと、
その一秒後の宇宙全体のスナップショットを見比べるとする。
人間的な常識をはぶくと、この二つのどちらが前で、どちらが後かということは、区別が難しい。
たとえば新幹線が1メートル前に飛び出しているほうが後だ、とはいえない。
また、一方では茶碗が宙に浮いていて、一方では茶碗が床に叩きつけられて割れていたとして、
割れていたほうが後だ、ともいえない。
それはいずれも人間的な感覚であって、物理的な理由にはならない。
ここで、宇宙全体のエントロピーを計算する。
一秒前の方が小さくて、その一秒後のほうが大きくなるだろう。
ここでようやく、一秒後のほうが後のことだった、とわかる。
さあそれでは、エントロピーと時間と、先だっただろうか。
エントロピーの大小が時間の前後を規定したのだろうか。
時間が後になったから、エントロピーが発生したのだろうか。
エントロピーが無限大であればどうだろうか。
無限大には大も小もない。
時間の前後はもうわからない。
過去と未来は区別できない。
いちどその状態に落ち込むと、そこから脱出する方法はない。
そんな状態の場合の数は、そうでない状態の場合の数が無視できるほど多いはずだけど、
現在はここに、過去と未来の区別がつく形で存在しているのが、不思議でならない。